概要

【大長谷の歴史】

  • 大長谷の起源については、遺跡から推察すると石器時代中期後(約4千年前)にはすでに人が住んでいたようです。古くから、飛騨街道の藩所、交通の要所として栄えてきました。江戸時代中頃から終戦前後までは、厳しいながらも美しく豊かな自然の山峡で1700人前 後の人々が相睦み助け合いながら暮らしてきました。
  • その後、高度経済成長の影響や、ライフスタイルなどの大きな変化の中、多くの若者たちが離村し、急速に過疎化が進み、現在、大長谷に暮らす人は僅か60余名となってしまいました。

 

【大長谷村】

  • 1889年(明治22年)4月1日 – 町村制施行に伴い婦負郡花房村、清水村、薄尾村、栗須村、栃折村、上中山村、専沢村、横平村、二ツ屋村、越後谷村、上牧村、安沢谷村、下島地村、中島地村、島地村、内名村、水無村、西ケ原村、高野村、田頭村、南新屋村、東原村、今庵谷村、滝谷村、杉ケ平村、切詰村、夏前村が合併し、大長谷村が発足。
  • 1957年(昭和32年)11月1日 – 婦負郡八尾町、仁歩村、野積村と合併し、八尾町を新設して消滅。

八尾町

  • 2005年(平成17年)4月1日、旧富山市、上新川郡大沢野町、大山町、婦負郡八尾町、婦中町、山田村、細入村の7市町村による新設合併によって現在の富山市が発足した。

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【『ながたん』とは?】

  • 大長谷村のことを、地元の人たちは、昔から大長谷(おおながたに)のことを、愛称を持って『長谷』=『ながたに』=『ながたん』と呼ばれている。